丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 



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坪内昭三1947 其の10

翌日は、梅雨の雨だった
仕立て屋の技術を持つ橋本を、坪内は歌舞伎町の店に
置いておきたかったようだが。
今日は駄々を捏ねて黄金地帯の現場に残る事にさせた。

どうせ橋本がいなくても売上げに大差は無いのだ
眞田なんか、内心ほっとしてるだろう。


どばーっと汗をかいて、鬱憤を、はらしたかったのだが、雨は上がる気配が無い
金属の仕分けやら、銅線の皮むきやら、やる事は、あるのだがどうにも
今の気分には、合わない。そんな訳で、イライラしていた所に佐門が気を利かせてくれた。

「雨ば、降っとりますが、橋本どん。どばーっと穴、堀りに行きますか?」

内心大喜びしながら、雨合羽を被り、倉庫跡の壁と天井が辛うじて残っている現場に向った
やたらめったに、シャニムに掘りかえした、やっぱり体を動かすのは、いい。

そんな事を考えていた時、倉庫跡の一角に、板切れで塞いだ穴があるのに気づいた。
気になって開けてみると、そこには、防空壕に隠された、足周りの無い戦車があった。

「橋本さん気づきもしたか」

「驚いたな、なんでこんな物、あるんだ?」

「陸軍の忘れ物でありもす」

佐門は、そう言うと、この戦車の略歴について話だした

平田の分析によると、この「九二式重装甲車」は、外装は大戦前の旧式だったが内部機構に関しては
出鱈目で、つぎはぎだらけの、寄せ集め戦車だった。例えば発動機に関しては、どうやら当時
ガソリンの節約の為、民間のバス会社の木炭バスへの切り替えの際、たまたま出てきた余剰品を流用している
辛うじてギアを改造して載せたまでは良かったが足周りを装着する前に
爆撃で、それどころでは無くなって放置されていた物のようだ、周辺のスクラップの中に
この戦車が発見されてから調べてみたら同型のエンジンの残骸が幾つか見つかった。
どうやら、何台か同じような事をしようとしていたようだ。

終戦の数ヶ月前、本土決戦を前に、とにかく頭数を揃えるべく、こんな時代遅れの
大東亜戦争以前の旧装備まで、軍部は、ひっぱり出そうとしていた訳である。

「頭の良い人間のする事じゃねーな、こりゃ」

「しかし、橋本どん、まだバスのガソリンエンジンを使おうとしてただけ良かったとは、思いもはんか?」

「?」

「こいつは、ヘタすりゃ木炭で走る戦車に、なってたかもしれんと言う事でありもすよ」

と佐門は真顔で言う。
そう言われて、橋本は思わず、本土決戦で横浜に上陸したシャーマンに
木炭の煙を、たなびかせ、のどかに、進んでいくこの戦車から佐門が顔を出している所を想像した

「そりゃいいや、アメ公が、そんな哀れな戦車に、大砲ぶち込めるか見てみてぇよ。
乗りたかねぇが、もしかしたらマトモな、戦車作るより効果的かもな」

そう言いながら橋本は失笑した。

「それにしたって、なんだって、放っとくんだ。バラシテ売っちまう方が坪内商会らしいと思うがな」

「それが、坪内どんは、大陸で、この戦車に乗車していた経験が、ありもしてな・・・」

「ナニィ、それで感傷的に、なってるってのか?あの守銭奴が??」

ともかく、悪運の強い戦車だ。マヌケな生い立ちだが、そこの所は気に入った。
コイツは、大戦前に作られて爆撃から逃れて終戦後まで生き残り、守銭奴に拾われて、まだ生きながらえてる。

「あ ん た だ け が 特 別 じ ゃ 無 い の よ」

橋本は、思わず昨日のソルミの言葉を思い出した。



5月30日(月)01:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の9

産まれたのは、女の子だった

坪内の家の壁に「好美」と書かれた半紙が張られている
坪内が産まれたばかりの子供をあやして
クルクル、様々なアホみたいな顔を披露していた
お菊がそれを微笑しながら布団に横になって見ている


10日前の晩、塀を、ぶち壊された老夫婦は、とんでもない事態にも関らず
的確に動き、年の功をいかんなく発揮した

さっきまで、底抜けスーパーアクションを繰り広げていた男達がオロオロする中
ソルミに湯を沸かさせ、お菊が舌を噛まないように布を噛ませて、明け方まで格闘してくれたのである

こうなっちまったら男なんか情けないもんだ。
部屋の外でみんなハラハラして、それぞれの宗派の神仏に祈るぐらいしか出来なかった

その翌日、雨がやみ、ウェイン少佐が、やってきてエンジンの焼きついたジープを引き取りに来た
このカウボーイも早速産まれた赤ん坊を抱き上げ、メタラヤッタ、キスして大喜びしたが

「ミスター坪内・・・シカシ、この車両は、ドウシヨウも無いね」

結局、動かなくなった車両を300ドルで、買わされる事になった、坪内商会までのレッカー代を含めると
305ドル、トンでもない屑鉄を買わされた、まぁしょうがあるまい
そんな訳で、外装をボコボコにへこませたジープは、坪内の庭の置物になっていた

商売の足を失い、女房も休ませなければ、ならない。歌舞伎町の乾物屋を休業するかと思えば
商売人は、こんな事では、へこたれない。高倉に例のクロガネ4起を供出させ、橋本を急遽、店番にした

ジープに比べるとクロガネ4起は悲しいくらい非力な車だった
しょっちゅうエンコする、これでも世界初の四輪駆動ではあるが自動車王国アメリカとの
技術力の違いは歴然だった、元自動車修理工の平田は、この車に付きっ切りという事になってしまう

おかみさんから、無愛想な男に店番が変わり正直、売り上げが眼に見えてへっていた
橋本の縫い物の腕は悪く無いのだが、いかんせん営業には向いていない
それとなく、看板を出したりしてみたのだが、来るのは、ふて腐れたソルミぐらいな物で
とてもじゃないが、売上げを補うにはクロガネ4起なみに非力だった

五日目、見るに見かねた坪内が、高倉組から何人か借りて力仕事の方を補い
愛想の良い眞田と二人組にして、ようやくマトモな売上げが帰ってきた


その日、橋本は朝から変に機嫌が悪かった

「兄さん、この粉ミルク三つおくれ」

「あぁ、一缶10円だ、三つで30円」

「高いネェ、まとめて三つ、買うんだよちょっと負けとくれよ。三つで20円でどう?」

「あんたそりゃ無茶だ、こっちも商売でやってるんだ常識で考えろ、馬鹿野朗

「あんた何よ客に向かって馬鹿野朗って、どういうつもり????」

他の客を相手にしていた眞田が見かねて間に入った

「お客さん、どうもすいません、10円引きは無理ですけど
4つ買ってくれたら一缶8円にしますよ、どうです?」

「ほらぁ、こういう風に商売ってのはするもんよ、あんた何考えてんの?馬鹿は、あんたよ」

「なにいいいい!」

「橋本さん、やめて下さい・・ねっ奥に縫い物たまってますから」

橋本に毒づきながら、女は粉ミルクを買っていった

「結局、買ってくんじゃねーか、アホクサ」

ふて腐れながら奥に入り縫い物を始めた橋本だったが
いらいらしながら作業しているとスカートの丈ツメの裁断を間違って2寸の所を4寸切ってしまった

万事休す

「しっしまった・・・・」

眞田が客の相手をしている所まで、橋本が物を投げる音が聞こえて来た

「参ったなぁ」

「あいつ、どうしたの?」

ソルミがやって来て、店の奥から聞こえる異様な物音の理由を尋ねた

「あぁソルミ・・・あきえさん、助かった。
すいませんけど橋本さんを、しばらくどっかに連れてってやってくれませんか」

「えぇー・・・まぁいいけど・・・どうなってんのよあいつ??」

「この所、慣れない客相手の仕事やってたせいで、
鬱憤がたまってるんです、もう限界です・・・・・・・・・助けて下さい

青い顔の眞田が脂汗を滲ませながら苦笑いすると、店の奥から、また何かが割れる音が聞こえて来た



5月28日(土)02:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の8

池袋の駅が見えて来た、一旦ジープを停めて周りを見回すが、トヨダAAは見当たらない
雨の中ゆっくりと辺りを流していると、大雨の中、営業している蕎麦屋があった
坪内が飛び込むと、泥だらけの軍服で『傷病軍人』のノボリと松葉杖を持った客が二人いる
店の親父が、迷惑そうに言った

「もう店じまいなんだ、明日にしてくれ」

「まったくスマン、あんたらこの辺りで黒い車が泥に、はまってるの見なかったか?」

「・・・・いやぁ、この辺じゃぁ見なかったけどねぇ」

「子供抱えた、ごつい女を乗せた車じゃ、なんでもいい教えてくれ!」

その時、客の一人が答えた

「あぁ、あいつらか・・・・もしかしてトヨダのAAか?」

「そいつじゃぁぁ!頼む!どこに行ったか教えてくれ!」

テーブルに駆け寄ると、どう見ても、さっきまで品書きの値段を見ていた方の男が
眼をつぶり黒眼鏡をかけ、相棒は松葉杖の先を、これみよがしに床につけて見せた

「いやぁそう言われても私は眼が悪いので・・・申し訳ありません」

とか言いつつ『傷病軍人』のノボリを手探りで掴むと坪内に見えるように直した

「わしゃあ商売人じゃ!ハッキリ言え!でその眼はいくらで見えるようになるんじゃい!」

「私は国会議事堂は、よく見えるんです」

「よーし解った!じゃぁ聖徳太子はもっとよく見えるじゃろう!さっさと教えてくれ!」

そう言うと国会議事堂10件分の100円札をテーブルに叩き付けた
思わず眼を開き傷病軍人はベラベラ喋り出した

二人の偽傷病軍人が、物乞いの帰り道、雨の中で、今日のシノギの分け前で喧嘩していると
慌てて走ってきた黒のトヨダが、目の前で泥濘に嵌って動けなくなってしまった
運転席を見てみると、ヤクザらしい、こりゃぁ関わり合いにならない方がいいと
そっと離れて行こうとしたが、呼び止められてしまい泥の中、
車を出すのに、ついさっきまでコキ使われていたというのである

「赤ん坊がギャーギャー泣いてたが、それを抱えた女は堂々としたもんだったよ」

「そりゃぁ!間違いなく、お菊じゃ!で何処に行った!」

「そこの曲がり角を左に曲がって練馬に向かったぜ」

偽傷病軍人の相棒が、店から顔を出し松葉杖で練馬方向を指して教えてくれた
坪内が、店の前に停車しているジープに飛び込むと泥を巻き上げて練馬方向に吹っ飛んでいった
思わず見送った偽傷病軍人ふたりは、改めて泥まみれになってしまった


大きな水溜りが沢山出来た悪路を、しぶきを上げながらすっ飛ばしていると
しばらくして、雨の中低速で走行している泥だらけのトヨダが見えて来た

「あれじゃぁ!橋本っさん!どうする!」

「黙って見てろ!舌噛むぞ!」

シフトを下げると一気に加速する、飛び跳ねながら後10メートルという所まで来た時
相手も気づいた加速しながら、後ろに顔を出しピストルを撃ってくる、サイドミラーが砕けた
トヨダの後部ガラスに、大声を出している、おかみさんの顔が見えた
坪内がそれを見て叫ぶ!

「お菊ー!」

ヘッドライトの片方が銃弾に当たり砕けた時、橋本が大声で言った

「いいか!坪内、サーカスのオオトリ空中ブランコ三回転だ!椅子にしがみ付いとけ!」



5月27日(金)12:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の7

橋本と坪内が飛び出した後、店に残ったアキエことソルミが座って
テーブルの上に残された油紙に包まれたワンピースを見ていると

「忘れ物ね、どうする?アキエちゃん」

カウンターに立て肘をつけ、和服を着たママが聞いた

「・・・・届けます」

そう言うと橋本が置いていった傘と油紙の袋を持ち、店を出て行った

「若いっていいわねえ・・・」

微笑んで見送ったママが髪を直すと、うなじにチラリと刺青が見えた


坪内と橋本が店に着くと、歌舞伎町の坪内の味方になっている着流しを着た
ヤクザが泥の中に頭を打ち付けるように土下座した
周辺の店も巻き込んで派手に壊されたようだ、缶詰が散乱している

「すまねぇ!油断していた!このケリは必ずつける!」

「高倉さん土下座なんか、後でいい!わしの女房は、まだ見つからんのですか?!」

「今、組員全員が探しとる、残念だが知らせは、まだ無い!スマン!」

「何も手がかりは無いのか?」

「奴ら、おかみさんが店じまいしてる時に黒い車で、この辺りの店メチャクチャにして
サライに来やがった車種は・・・・日本車だあれは・・・トヨダの鼻の長い奴だ」

周りを見ると、巻き込まれて怪我をした人間が何人かウンウンうなっていた

「そりゃトヨダのAAだな、奴らがここに来てから、時間は?」

車種を聞いた坪内は、ジープの止めてある空き地に向かって走って行った

「一時間弱だ、山手線沿いに目白の方面に向かったのを見た奴がいる、この雨だ、そう遠くには行ってネェ」

坪内を追ってジープに着くと、坪内は無線機で話している最中だった

「ウェイン少佐か?」

「なりふりなんか、構ってられるか!女房は、わしの子供二人抱えてるんだ!悪いか!」

怒りの表情を橋本に返す坪内

「いや、適切だ、奴ら線路沿いに目白方向に向かったらしい」

「よし!乗ってくれ橋本っさん!」

慌ててエンジンをかけようとする、坪内だが、こんな時に限って、かからない
4度目にキーを回して火が入らなかった時、悔し涙を流して坪内はハンドルを殴った

「ちきしょう!」

「どけ!俺が運転するからお前は、無線を聞いてろ!」

無理矢理、坪内を助手席側に移し、運転席に乗り込む
三枚重ねの座布団を車外に放り出すとカブリ気味のエンジンに微妙に
アクセルを当てながら、慎重にキーを回す橋本

エンジンが回りだした!

鼻水を垂らしながらあぜんとしている坪内

「しっかり捕まって、歯ぁ食いしばっとけ、舌噛んでも、俺は知らねぇからな」



5月26日(木)13:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の6

ソルミは朝、橋本が起きた頃にはいなくなっていた

橋本は、ソルミの行き先が気になって一日探したが
いなくなった物は、しょうがないと諦めた


それから一週間が過ぎ、橋本も大分
仲間ともコミュニケーションが取れるようになってきた有る日の事

この日は大雨で仕事は
屋内での電線の皮むき作業に集中これは、これで
重労働だが皆は何となくホッとしていた

昼飯休憩をしていた時、親方の坪内が帰ってきた

「橋本っさん、仕事取って来たぜぇ」

坪内は商売人面丸出しの笑顔でそう言うと、真ッサラの木箱に
何着か女物の服を詰め込んで来たのを橋本に見せた

「丈直しやら、なんやら色々じゃ、酒場の女に何人か話を聞いたら
案外、需要があったよ一週間で頼む、値段は後で書き込んでくれ
儲かるようならミシンも用意する、糸やら何やらも、思いつくもんは買ってきた
必用なモンがあったら、また言ってくれ」

呆れた事に、もう伝票まで用意して付けてある、こいつぁ心底、商売人だ
『使えるもんは何でも使う』か・・・

「お前、だけど、こっちの仕事はどうするんだよ」

呆れて、山積みされた電線を指差しながら橋本は言った

「バカダネェ、残業だよ残業ちゃんとこの儲けは折半するから五時以降はこっちの仕事をやってくれ」

「折半!手に職のある奴はやっぱ、えぇなぁ・・・」

数字に強い山崎が羨ましがった

「なんなら、教えてやろうか?」

そう言って茶化してやると、山崎は手を振って恐縮しながら言った

「いや、遠慮しとく、余計な事言って悪かった、どっちにしても坪内商会が儲かる訳やし」

「俺の修理工の腕も早く生かしてくれよ、坪内」

平田がそう言うと、坪内がニヤリと笑った

「そいつも、そろそろ目処が付きそうじゃ、倒産しかけの修理工場が安く手に入るかもしれん」

「うわー!そいつぁありがてぇ!頼むぜ!」

平田が小躍りした
大した奴だ、こき使いながら、こうして信用を掴んでいく、こいつは先日のソルミの件にせよ
今日の仕事にせよ、迷いが無い山崎の言い方からして金も商売人なりに綺麗にやっているようだ。
橋本は皮肉でも何でもなく感心した

そんなわけで、今日は縫い物をする事になった、家に帰り汚れた腕全体をゴシゴシ
タワシを使って洗い、似合わない割烹着を着ると橋本は伝票を見ながら仕事にかかった

何枚かある伝票を確認していると、一枚やっかいな物があった

「おい、坪内こんなモンまで取ってきたのか?」

「デカイ物、小さくするなら、どうにかなるじゃろ」

「にしたってだなぁ、こいつの場合は体全体じゃねーか、本人にあって仮縫いしなきゃなんねぇ」

「そういうもんかぁ、じゃぁ本人に会うまでさ、女房迎えにまた行かなきゃならんしな」

まぁ答えは解っていたが、それを確認すると橋本は、出来る仕事に取り掛かった



5月25日(水)10:38 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理


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