丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 



2005年5月30日を表示

坪内昭三1947 其の10

翌日は、梅雨の雨だった
仕立て屋の技術を持つ橋本を、坪内は歌舞伎町の店に
置いておきたかったようだが。
今日は駄々を捏ねて黄金地帯の現場に残る事にさせた。

どうせ橋本がいなくても売上げに大差は無いのだ
眞田なんか、内心ほっとしてるだろう。


どばーっと汗をかいて、鬱憤を、はらしたかったのだが、雨は上がる気配が無い
金属の仕分けやら、銅線の皮むきやら、やる事は、あるのだがどうにも
今の気分には、合わない。そんな訳で、イライラしていた所に佐門が気を利かせてくれた。

「雨ば、降っとりますが、橋本どん。どばーっと穴、堀りに行きますか?」

内心大喜びしながら、雨合羽を被り、倉庫跡の壁と天井が辛うじて残っている現場に向った
やたらめったに、シャニムに掘りかえした、やっぱり体を動かすのは、いい。

そんな事を考えていた時、倉庫跡の一角に、板切れで塞いだ穴があるのに気づいた。
気になって開けてみると、そこには、防空壕に隠された、足周りの無い戦車があった。

「橋本さん気づきもしたか」

「驚いたな、なんでこんな物、あるんだ?」

「陸軍の忘れ物でありもす」

佐門は、そう言うと、この戦車の略歴について話だした

平田の分析によると、この「九二式重装甲車」は、外装は大戦前の旧式だったが内部機構に関しては
出鱈目で、つぎはぎだらけの、寄せ集め戦車だった。例えば発動機に関しては、どうやら当時
ガソリンの節約の為、民間のバス会社の木炭バスへの切り替えの際、たまたま出てきた余剰品を流用している
辛うじてギアを改造して載せたまでは良かったが足周りを装着する前に
爆撃で、それどころでは無くなって放置されていた物のようだ、周辺のスクラップの中に
この戦車が発見されてから調べてみたら同型のエンジンの残骸が幾つか見つかった。
どうやら、何台か同じような事をしようとしていたようだ。

終戦の数ヶ月前、本土決戦を前に、とにかく頭数を揃えるべく、こんな時代遅れの
大東亜戦争以前の旧装備まで、軍部は、ひっぱり出そうとしていた訳である。

「頭の良い人間のする事じゃねーな、こりゃ」

「しかし、橋本どん、まだバスのガソリンエンジンを使おうとしてただけ良かったとは、思いもはんか?」

「?」

「こいつは、ヘタすりゃ木炭で走る戦車に、なってたかもしれんと言う事でありもすよ」

と佐門は真顔で言う。
そう言われて、橋本は思わず、本土決戦で横浜に上陸したシャーマンに
木炭の煙を、たなびかせ、のどかに、進んでいくこの戦車から佐門が顔を出している所を想像した

「そりゃいいや、アメ公が、そんな哀れな戦車に、大砲ぶち込めるか見てみてぇよ。
乗りたかねぇが、もしかしたらマトモな、戦車作るより効果的かもな」

そう言いながら橋本は失笑した。

「それにしたって、なんだって、放っとくんだ。バラシテ売っちまう方が坪内商会らしいと思うがな」

「それが、坪内どんは、大陸で、この戦車に乗車していた経験が、ありもしてな・・・」

「ナニィ、それで感傷的に、なってるってのか?あの守銭奴が??」

ともかく、悪運の強い戦車だ。マヌケな生い立ちだが、そこの所は気に入った。
コイツは、大戦前に作られて爆撃から逃れて終戦後まで生き残り、守銭奴に拾われて、まだ生きながらえてる。

「あ ん た だ け が 特 別 じ ゃ 無 い の よ」

橋本は、思わず昨日のソルミの言葉を思い出した。



5月30日(月)01:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理


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