丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 



2005年7月13日を表示

坪内昭三1947 其の20

賭場で転がされた橋本に三杯目のバケツの水がかけられた。
途切れ途切れの意識の中、橋本の脳裏に浮かぶのは
以外なほど下らない物だった。
この騒動の直前に受けた縫い物の仕事の事が何故か気になってしょうがない。

「この手じゃ針は持てネェ・・・」

続けて橋本は、シンガーの足踏みミシンを黙々と不機嫌な顔で踏み続ける
親父の背中を思い浮かべた、中等学校で陸軍飛行学校への推薦を受けた時も
母親は右往左往して混乱していたが、親父はいつものとうりだった。

夜なべして、親父はいつも納期を守ってたイライラしながら・・・
蛙の子は蛙って奴か・・・

南方へ出兵して以来、音信不通だがあの親父はどうしているんだろう。
相変らず、休みに借り物の田畑を耕し、今もシンガーを踏み続けているのだろうか?

右手の中指に、片目の金槌が振り下ろされ、ボンヤリしていた意識に雷撃のような痛みが走り
夢のような世界から無理矢理引き戻され絶叫を繰り返すが、何故かそんな自分を遠くから見ている
冷静な意識が同時にいた。

片目は引きつりながら笑い続けていた。
嫌な野朗だが、こういう奴がこれからまかりとおるのか・・・・
まぁ今に始まったことじゃねぇ・・・・・
戦死は免れたが・・・・撃墜されて死ぬのと違うかと言えば大差ねぇのかもしれねぇ・・・・

右手の中指が砕けて、片目はもう一杯バケツの水を掛けさせると。
手足を押えさせる必要の無くなった橋本の襟首を掴みあげた。

「さぁて・・・・もうちょっとで、おめぇも廃業・・・ククク・・・いやもう廃業だな!すまねぇすまねぇ!」

痛みは、もう一線を越えていた、油断すると完全に意識が飛びそうになる。
諦めちまえば、もうそれでいい・・・・だが何かが、そうなりそうな橋本の意識を引き止めた。

俺を楽にしてくれないコイツの正体は一体なんだ???

「橋本、どーする?偉い事になっちまったぜ!右手もう使い物にならねぇぞ!ぜーーーんぶ
てめぇの責任だけどなぁ!いやぁ俺も悲しいぜ人生終わりだなぁ」

そう言いながら笑う片目の顔を見て、橋本に今更おかしな感情が湧いてきた。

「怒り」だ。

そうか・・・こいつの正体は・・・そうか・・・まだ俺は死んじゃいねぇ・・・

橋本は、自分をボロねずみをオモチャにする猫のように弄ぶ片目の面に唾を吐きかけた。

「てめぇ・・・・」

青筋を立てた片目は、橋本を床に叩き伏せると、金槌を中指に叩き付けた。

中指が根元から、外れた。

「水だぁ!寝かすんじゃネェ!さっさと次持って来い!」

「へい!」

あまりの残酷さに震え上がっていた片目の手下が、バケツを持って出て行こうとした
が戸口で突然立ち止まった。

「何やってんだ?さっさと行け!」

「そうは、いかねぇそこまでだ」

意識が飛ぶ寸前に橋本が見たのは、二丁拳銃を構えた高倉と返り血を浴びたドスを
持つカフェのママだった。気おされたチンピラが後ずさりする。
片目が、何が起こったか、把握出来ずにいる所に高倉が、ずかずかと進んだ。

「高倉・・・てめぇ」

橋本の状態を見て、高倉は溜息をついて、いきなり片目の頭に銃を構えた。

「おめぇやりすぎたよ」

そう言うと、あっさり高倉は引き金を引いた。



7月13日(水)01:31 | トラックバック(0) | コメント(1) | 坪内昭三1947 | 管理


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