丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 



坪内昭三1947 其の9

産まれたのは、女の子だった

坪内の家の壁に「好美」と書かれた半紙が張られている
坪内が産まれたばかりの子供をあやして
クルクル、様々なアホみたいな顔を披露していた
お菊がそれを微笑しながら布団に横になって見ている


10日前の晩、塀を、ぶち壊された老夫婦は、とんでもない事態にも関らず
的確に動き、年の功をいかんなく発揮した

さっきまで、底抜けスーパーアクションを繰り広げていた男達がオロオロする中
ソルミに湯を沸かさせ、お菊が舌を噛まないように布を噛ませて、明け方まで格闘してくれたのである

こうなっちまったら男なんか情けないもんだ。
部屋の外でみんなハラハラして、それぞれの宗派の神仏に祈るぐらいしか出来なかった

その翌日、雨がやみ、ウェイン少佐が、やってきてエンジンの焼きついたジープを引き取りに来た
このカウボーイも早速産まれた赤ん坊を抱き上げ、メタラヤッタ、キスして大喜びしたが

「ミスター坪内・・・シカシ、この車両は、ドウシヨウも無いね」

結局、動かなくなった車両を300ドルで、買わされる事になった、坪内商会までのレッカー代を含めると
305ドル、トンでもない屑鉄を買わされた、まぁしょうがあるまい
そんな訳で、外装をボコボコにへこませたジープは、坪内の庭の置物になっていた

商売の足を失い、女房も休ませなければ、ならない。歌舞伎町の乾物屋を休業するかと思えば
商売人は、こんな事では、へこたれない。高倉に例のクロガネ4起を供出させ、橋本を急遽、店番にした

ジープに比べるとクロガネ4起は悲しいくらい非力な車だった
しょっちゅうエンコする、これでも世界初の四輪駆動ではあるが自動車王国アメリカとの
技術力の違いは歴然だった、元自動車修理工の平田は、この車に付きっ切りという事になってしまう

おかみさんから、無愛想な男に店番が変わり正直、売り上げが眼に見えてへっていた
橋本の縫い物の腕は悪く無いのだが、いかんせん営業には向いていない
それとなく、看板を出したりしてみたのだが、来るのは、ふて腐れたソルミぐらいな物で
とてもじゃないが、売上げを補うにはクロガネ4起なみに非力だった

五日目、見るに見かねた坪内が、高倉組から何人か借りて力仕事の方を補い
愛想の良い眞田と二人組にして、ようやくマトモな売上げが帰ってきた


その日、橋本は朝から変に機嫌が悪かった

「兄さん、この粉ミルク三つおくれ」

「あぁ、一缶10円だ、三つで30円」

「高いネェ、まとめて三つ、買うんだよちょっと負けとくれよ。三つで20円でどう?」

「あんたそりゃ無茶だ、こっちも商売でやってるんだ常識で考えろ、馬鹿野朗

「あんた何よ客に向かって馬鹿野朗って、どういうつもり????」

他の客を相手にしていた眞田が見かねて間に入った

「お客さん、どうもすいません、10円引きは無理ですけど
4つ買ってくれたら一缶8円にしますよ、どうです?」

「ほらぁ、こういう風に商売ってのはするもんよ、あんた何考えてんの?馬鹿は、あんたよ」

「なにいいいい!」

「橋本さん、やめて下さい・・ねっ奥に縫い物たまってますから」

橋本に毒づきながら、女は粉ミルクを買っていった

「結局、買ってくんじゃねーか、アホクサ」

ふて腐れながら奥に入り縫い物を始めた橋本だったが
いらいらしながら作業しているとスカートの丈ツメの裁断を間違って2寸の所を4寸切ってしまった

万事休す

「しっしまった・・・・」

眞田が客の相手をしている所まで、橋本が物を投げる音が聞こえて来た

「参ったなぁ」

「あいつ、どうしたの?」

ソルミがやって来て、店の奥から聞こえる異様な物音の理由を尋ねた

「あぁソルミ・・・あきえさん、助かった。
すいませんけど橋本さんを、しばらくどっかに連れてってやってくれませんか」

「えぇー・・・まぁいいけど・・・どうなってんのよあいつ??」

「この所、慣れない客相手の仕事やってたせいで、
鬱憤がたまってるんです、もう限界です・・・・・・・・・助けて下さい

青い顔の眞田が脂汗を滲ませながら苦笑いすると、店の奥から、また何かが割れる音が聞こえて来た



5月28日(土)02:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

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