坪内昭三1947 其の26 |
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| 橋本がジープの吐き出す油とともに湖の水面に浮き上がり、慌ててソルミの後に飛び込んだ仲間達がひぃひぃ言いながら彼を陸に引きずり上げた。飛び込んだ中には彼を追ってきたウェインもいる。 そうして意識を失った橋本の蘇生作業が行われている最中に、坪内がやっと駆けつけた。
「勝ったのはどっちなんだ」
その瞬間、橋本はゲボリと水を吐き出した、呼吸が再開した。
「俺さ」
言葉よりも早く、橋本を囲む全ての人間が大声を上げて動き出した。雨はすっかり上がっていた。泥まみれの坪内が橋本とソルミを置いて仲間達にかねてよりの段取りどおり動くよう指示を始めた。とりあえずの言葉だけをかけ坪内が、その場を離れようとした。信じられないと言う顔で橋本を抱えたソルミがヒステリックな声で叫んだ。
「ちょっと待ってよ!!あんたこの人をほおっておくの!!」 「時はまっちゃぁくれん!!橋本っさんは、お前とお菊に任せる、俺達はやらなきゃならないんだ!!」
その顔に憂いの念も何も無かった。ウェインもそんな坪内の動きを見て何も無かったかのように彼と共に歩き出した。歩きながら今後の動きを打ち合わせながら怒りの表情のソルミを置いて全ての人間が次の行動を始めていた。
「すねてる場合じゃないよソルミ、あたし達はあたし達でこの人を何とかしてやるんだ」 「それにしたって」 「あの人が人でなしじゃないって事を証明するのが あたしらの今の仕事なのさ、ホラさっさと足もって」
混濁した意識の中、橋本はそんな仲間達を見ていた。
彼らは、これから始まる。
俺がここでやるべき事は終った。
幸いしかし生きている。
まだ生きろという事なんだろう。
大八車に乗せられて、彼はそれを一生懸命押す細腕の少女の表情を見た。
愛おしい、素直にそう思った。
痛みがまた強くなった。
それから橋本は一週間動けなかった、ソルミは嫌がりもせず献身的に橋本の世話をした。そうしてあれから三日がたち、ようやく坪内が見舞いに来た。
「橋本っさんどうだい調子は」 「しらじらしい・・・」。ソルミは膨れた。
「まぁ何とかな、便所に立てるぐらいにゃなったぜ」 「まだ・・・・針はもてんじゃろなぁやっぱり」
一応すまなそうな顔を作ってずうずうしく、坪内はまた仕事を持ってきた。橋本は失笑した。この男にはかなわない。
「いやぁその訳は、説明したんだがな、先方がそれでもやってくれって言うもんじゃから・・・」 「お前ねぇ、俺は見ての通り丹下作善だぞ、この右手を見ろ!馬鹿!!」
包帯を硬く巻きつけたボロボロの右手を彼は笑いながらその目の前に突き出した。
手だけじゃぁ無い目も片方は完全に潰されていた。
「うーむじゃぁこれからは左手じゃな、左手で針を持つんじゃ、それで頼む」
真顔で、坪内がそういって、ソルミは思わず茶をこぼした。
しかしあれ以来、橋本がそれに関して愚痴をこぼした事は一度も無かった。
どうなろうが生きるだけだと言う橋本にとって、もはやそれらは暗くなる要因になる事があろうはずも無かった。恐ろしかった平和と言う奴を何とか受け入れられそうな気がしていた。彼の傍にはソルミがいるのだから。
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1月26日(金)14:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理
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