千石の壷 1 |
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所沢駅の前のプロペラ通りから路地を入った所によくある個室ビデオ屋がある。非常に寂しい風俗とも映像娯楽ともつかない例のやつだ。24時間営業でムラムラっつと来たサラリーマンの一時の情欲をリーズナブルなお値段で満足させるべく勤勉に今日も早朝にも関わらず営業していた。そろそろ交代の時間が近づき時計を見た中年のアルバイトが あくびをした時、朝6時にも関わらず客がやって来たのを告げる間抜けなドアチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませー」
さてどんなオッサンがやってきたのかと振り返って客の顔を見た中年アルバイトは思わずひきつった。
「たっ丹下さん」 「よう南、元気にしてたかぁ小説の方はどうなってる?」
あわてて、逃げ出そうとした男の襟首を後ろからつかみ、受付の下に並べられた、お安くきもちよーくなれるグッズを蹴り散らかして丹下はカウンターの中に入って来た。
「お前、親御さん泣かせちゃいけねぇよ、この辺りで一人暮らししてるらしいなぁってまぁ『なんとかしてあげてください』っておめぇのお袋さんにしっかり住所は聞いてきたから、もう逃げられねぇぞ」
「借金は返します返しますからちょっと待って」
「いやまてねぇなぁとにかく今月の十万だけでも払ってもらいてぇんだが・・・」
丹下は中年アルバイトをグイグイ引っ張りながら店の中へと入ると安い合板で仕切られた個室の鍵がかかって無い一室を開けた。
オッサンがいる。
「なっなんだぁあんた??」
鍵をかけ忘れ下半身をおっぴろげて、のんびりしていたちょっと頭髪が薄い五十過ぎのサラリーマンが訳も解らずあわてて眼鏡をかけなおした。
「あぁすまねぇわりぃわりぃって・・・ちょっと待て・・・おっさんなんつうビデオを見てるんだ!!」
「あああああアタシが自分の金で合法的に見てるもんに文句言われる筋合いは無いよ!!」
「てめぇいい大人がこんなもんに金出すからいたいけな少年少女が駄目になるんだ説教してやる!!!!」
「あぁぁ勘弁して下さい!!」
その間にアルバイトは逃げ出していた。
「あ しまった、てめぇいいか!つらぁ覚えたからな!!!次にあった時はトクトクと説教してやるから覚悟しとけ!!」
あわてて踵を返した丹下は店の入り口の螺旋階段を駆け下りると、借金男が逃げて行った方角へ走り出した。朝もやの中、怠惰を楽しむ若者達がまどろんでいるのを横目にプロペラ通りを駆け抜ける。ゴミを投げつけながら逃げる借金男、二つ目に投げたコンビニ袋が目前に迫って飛び掛ってきた丹下の顔に当たった。
中に入っていた酔っ払いが吐き出した汚い物が丹下の顔中にかかって思わずひるんだ隙に借金男は放置自転車に乗ると大通りを逃げて行った。
「ちきしょう、あの野郎ふざけやがって・・・」
そこで立ち止まり息を整えた丹下はゲロ塗れで逆方向に急いで走りだした。
駅の反対側のパチンコ屋の駐車場に一台の軽乗用車が止められていた。周りに人がいないのを確認してそっと車に借金男は近づいていった。 なんだか酸っぱい匂いがする。
借金男の目の前に二階の駐車場から丹下が飛び降りてきてあっという間に彼をとりおさえた。
「よう南、時代小説書くなんていって俺をほっといてもらっちゃ困るなぁ、まずは、やることきちんとやってから、時代小説でもなんでもじっくり書くこった。その方がぐっと名作になるだろうぜぇ」
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Jan.28(Sun)20:31 | Trackback(0) | Comment(0) | 丹下幸平 千石の壷 | Admin
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