丹下幸平@窃盗犯108号
 
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暑い Ⅵ

その日、以蔵は賀茂川の堤の中にある、ススキの生い茂る草叢の中にいた。

岡田以蔵、アバタ面の屈強な、この男の目的は、人斬りである。

昨晩、藩邸に呼び出された以蔵が土佐勤王党党首、武市の部屋に行くと、部屋の主は他人事のように
書き物をしながら、こんな事を言った。

「以蔵、京都見廻り役の山村を知っているな」

「はい」

「勤王党に興味があるらしい、何度か尋ねて来た熱心な奴だ」

「はい」

「理屈を述べても解らぬ性質の人間らしい、困ったものだ」

そう言って、懐から二両つかみ出すと、平伏する以蔵の前に無造作に放り投げる。

以蔵には、それで十分だった。

汗の滲む体中にに無数の薮蚊が食いついたが、気にもせず
道場から、帰宅する山村を以蔵は朝からじっと待っていた。
これで、人を斬るのは十人目だ、最初は武市に薦められた九州での剣術修行の時

無宿者と喧嘩になって思わず斬った。理由はただの串団子の取り合いである。

あの頃、一刀両断にした無宿物の白い肉を見て震え上がっていたのが
自分のように今は思えない、それもほんの少し前の話である。三日、飯が喉を通らなかった。

しかし今は、人殺しの前に腹ごしらえの握り飯を食う余裕がある。
以蔵は、竹皮に包まれた、雑穀の混じった握り飯の包みを開くと、堤の上を見据えながら貪った。
いきつけの島原の女郎に握らせた物だ、色黒の肌を白粉で塗りこめた百姓の娘が握る
ショッパイだけのヒエの混じった裸の握り飯が、以蔵の好物だった。

この男に、武市が祇園で喰うような京都の贅沢な食い物を素直に旨いと思える感覚があったなら
その運命は随分違う物になったに違いない。重要なのは案外そんな事だ。
敷居の高い、お高くとまった物が苦手だった。本人は「嫌いだ」と言っているが本当は違う。

勤王と言う、幻の旗印に対する片思い。理想の相手は、けして以蔵に握り飯を握っては、くれなかった。

三つある、握り飯を二つ喰い終わり。
頬に付いた飯粒を取っていると、のりの効いた裃を着た標的の山村が堤の上を歩いて来た。
予定通りだ、包みを投げ捨てると刀の鯉口を切り、素早く堤の上まで駆け上がる。

「何奴」

「天誅!」

半歩遅かった、山村は以蔵の突きを避わすと、以蔵の返しの一撃を抜いた刀で受け止める。
鍔迫り合いになってしまったが、こうなったら膂力に勝る以蔵に分がある。
とは言え、山村も一刀流のそれなりの使い手であった。お互いの太刀を刃こぼれさせながら。
必死の押し合いが続く。業をにやした以蔵が、山村が一瞬力を抜いた瞬間、足払いをかけた。
倒れた山村に全身の力を込めた一撃を振り下ろす。だが山村は素早くその一撃を倒れながらも受け止めた。
その瞬間。

刃こぼれした、以蔵の太刀が折れて宙を舞った。

「くそったれ!」

山村の太刀を蹴り飛ばすと、折れた刀を山村の腹に突き立てる。
血を吐きながら、それでも這って逃げようとする山村は賀茂川に向って堤を転がり落ちた

人間は、そう簡単には死なない。

顔に、ついた返り血を拭いながら、以蔵は這いつくばる山村を捕まえると、水辺まで引きずっていった。
首根っこを掴み自ら泥まみれになってその首を水につける。
必死に山村は、もがいたが致命的な傷を腹に受けている、動かなくなるまで、それ程時間は、かからなかった。

山村の躯を賀茂川に流し、顔を洗い岸に上がると。さっき投げた握り飯が転がっていた。
砂だらけになった、それを拾うと以蔵は、迷い無く喰った。


君が為 尽くす心は水の泡
消えにし 後は 澄み渡る空

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6月24日(金)12:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | お題でワンシーン | 管理

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