丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 



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坪内昭三1947 其の17

クロガネ4起に押し込まれた二人は、所沢から歌舞伎町に向っていた。
ソルミをネグラに帰してやるためである。
おかしな気を使われたが橋本にはそんな気は無い。

と言えば嘘になるかも知れない。だがそういう事には疎い男だった。
ソルミの方も同様だ。

しばらく気不味い雰囲気が続いたが、しばらくして一升瓶を抱えたソルミが口を開いた。

「ねぇ?」

「なんだよ」

「あんたずっと、坪内さんの所に居るつもり?」

「・・・・・いや」

前を見ていたソルミが、はっとした顔で橋本の横顔を見た。

「この騒動が、片付いたら田舎に帰るつもりだ」

「あーそう!」

突然、輪をかけて不機嫌になったソルミは、手酌で持ってきた湯のみに酒を注ぐと
グイグイ飲み出し、一気に三杯飲むと目を座らせてクダをまきだした。

「へっ、そうよね!あんたみたいなの商売の役に立たないもん!帰れ帰れ!」

「まぁな、俺もそう思う」

「へっ!負け犬よあんた!そんな簡単に認める所がムカつく!飲みなさいよそら」

「運転中だっつーの」

「何、硬い事言ってんのよ!あたしの酒が飲めねーってか!」

そういうと、ソルミは湯のみの酒を橋本の顔にぶっかけた。
橋本は、怒らない、顔を手で拭った後、不機嫌にただ進行方向を見ている。

「・・・・・何とか言いなさいよ!」

「お前なぁ、そういう無理すんな。嫁の貰い手が無くなるぞ」

「結婚なんかするもんか・・・余裕かましやがって・・・」

「俺は結婚するぜ、あきらめちゃいけねぇなぁ」

「・・・・田舎に良い人いるの?」

妙に、しおらしくなった、おかしな女だ。橋本は苦笑した。

「残念ながらいねぇよ、でもなぁ、まぁ何とかなるさ。」

あたし行かないよ!肥え臭くて、どーしようもない所なんでしょう」

「そんなの所沢だっていっしょだろうが、・・・・それより
おかしな事を言うな、お前。あたしって何だよ
ずうずうしいな、ハハハ・・・・一杯、俺も飲むは、注いでくれ、ハハハ」

「うるさい!」

本音がこぼれて、思わず顔を赤らめるソルミの注いだ酒を受取る橋本は
必死にツッパル幼い少女の顔を見ながら笑った。
(案外こんな女と一緒に暮らすのも悪く無いのかも知れネぇ)
そんな事を、ぼんやり考えていた、だが何とは無しにリアリティは、感じられない。

考えても見るが良い、橋本。
何だかんだ言ってこの子は、都会で生まれて育った子だ。
苦労はして来たかもしれねぇが、俺の生まれた伊賀の山奥のそれこそ百姓しか
いねぇ土地で、知り合いから借りた田んぼにモンペ穿いて泥まみれになってってのは
ピンとくるか??どだい無理な話だ・・・・

そう思い直して橋本は自嘲気味に笑った。

「何笑ってんのよ???」

「どうでも、いいじゃねぇか。もう一杯注げ、付き合ってやるよ。
求婚に関しては謹んでお断りさせてもらうがな」

そう言うとまた橋本は、ゲラゲラ笑った。

「偉そうに・・・ちょっと間違っただけじゃないか、ずうずうしいのはあんたよ
だーーれが、あんたみたいな百姓の嫁になんか・・・」

無愛想に酒をついだ湯のみを渡すと、ソルミは口を尖らせてソッポを向いた。



6月29日(水)00:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

暑い Ⅶ

その日、四万十川沿いにある処刑場に無宿鉄蔵こと以蔵はいた。

南国土佐藩は雲一つ無い快晴であった

土佐勤皇党の仕業の全てを白状してから一週間。
拷問は無かった。最後に鉄棒で殴られて潰れた鼻がまだ痛む。

武市に送られた饅頭に以前、仲間が持っていた自決用のトリカブトの味がした時
拷問に耐えていた、何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
武市がハッキリと「死ね」と言って来たなら死んでやった。
だが、ここへ来て勤皇党党首は饅頭に毒を盛ったのである。

自分の立場は理解しているつもりだった。
以蔵は文字も余り知らないし武市を囲む頭の良い連中とは、根っこで、うちとけられない、はぐれ者。

ただの人殺しだ。少なくともそれを理解は、していたのだ。

馬鹿にされたとか信用が無いのだとか言う気分は驚くほど湧かず。ただ何か楽になった。
そうして拷問が突然、嫌になり、逃れたいと、ただ単純にそう思ったのだ。それで全てを白状した。

暗い牢屋から、引きずり出され籐丸籠で処刑場まで運ばれる最中、以蔵は無心に青い空を
見つめた。その表情は、この後、無宿鉄蔵として獄門に晒される人の顔では無い。

何かに気づいた若者の顔だ、南国の五月の太陽はそんな今から何かが始まる青年を容赦なく焼いた。
警吏のヒソヒソ話を横から聞く所によると少し前
武市が城内で藩主、容堂の目の前で殊更、派手に切腹したそうだ。
何も感じなかった、格好良く行くのはあの人の業だ。

他人事だったんじゃなぁ、ここに来て、そんな事に気づくたぁワシはアホじゃ。

以蔵の座ったムシロの前に罪人の斬られた首を受け止める穴が掘られている。
少し湿っているが白い故郷の土だった。芋ぐらいなら育てられるだろうか?父親と畑を耕した
少年時代を思い出しながら以蔵はそんな事を考えていた。

「鉄蔵、何か言い残す事はあるか?」

あれだけ、しゃべらせといて今更、鉄蔵たぁ中々いい。冗談としては上出来だ。
首切り役人に尋ねられて、穴を見つめて以蔵は考えた。必死に何か言おうと考えた。

「無いのか?」

「ちょっとちょっと待ってくれ」

気の利いた何かを、言いたかった。少ない聞きかじりの知識を精一杯、記憶の棚から引きずり出すが
素っ頓狂な関係の無い芭蕉の俳句ぐらいしか出てこない。第一自分の言葉に成らなかった。

「まだか?」

「後少しだけ・・・頼む」

「うむ」

先に死んで行ったあいつらなら粋な言葉をさらりと考えて言うだろう。
やっちまった事に、今更後悔する気は、見物人が思ってる程は、もっちゃぁいない。
涙がポロポロこぼれ出した、怖いんじゃない、ここで何かが言えない自分が情けないのだ。

顔を上げて、空を見上げた。青い、少し紫がかった故郷の空だ・・・蒼い。

「・・・・・・死にたくねぇ!」

大声で叫んだ。間違いなく何かに気づいた今ここに居る以蔵の言葉だった。
初めて自分の気持ちを晒して
本当に以蔵は何もかも脱ぎ捨てて、わんわん鼻水と涙を垂らしながら泣いた。


空を見つめながら。




首切り役人の白刃が一閃して、鼻水に、まみれた以蔵の首が穴に転がった。


慶応元年五月十日、最後のその日、以蔵はホンの僅かだが確かに生きた。




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6月25日(土)10:54 | トラックバック(0) | コメント(0) | お題でワンシーン | 管理

暑い Ⅵ

その日、以蔵は賀茂川の堤の中にある、ススキの生い茂る草叢の中にいた。

岡田以蔵、アバタ面の屈強な、この男の目的は、人斬りである。

昨晩、藩邸に呼び出された以蔵が土佐勤王党党首、武市の部屋に行くと、部屋の主は他人事のように
書き物をしながら、こんな事を言った。

「以蔵、京都見廻り役の山村を知っているな」

「はい」

「勤王党に興味があるらしい、何度か尋ねて来た熱心な奴だ」

「はい」

「理屈を述べても解らぬ性質の人間らしい、困ったものだ」

そう言って、懐から二両つかみ出すと、平伏する以蔵の前に無造作に放り投げる。

以蔵には、それで十分だった。

汗の滲む体中にに無数の薮蚊が食いついたが、気にもせず
道場から、帰宅する山村を以蔵は朝からじっと待っていた。
これで、人を斬るのは十人目だ、最初は武市に薦められた九州での剣術修行の時

無宿者と喧嘩になって思わず斬った。理由はただの串団子の取り合いである。

あの頃、一刀両断にした無宿物の白い肉を見て震え上がっていたのが
自分のように今は思えない、それもほんの少し前の話である。三日、飯が喉を通らなかった。

しかし今は、人殺しの前に腹ごしらえの握り飯を食う余裕がある。
以蔵は、竹皮に包まれた、雑穀の混じった握り飯の包みを開くと、堤の上を見据えながら貪った。
いきつけの島原の女郎に握らせた物だ、色黒の肌を白粉で塗りこめた百姓の娘が握る
ショッパイだけのヒエの混じった裸の握り飯が、以蔵の好物だった。

この男に、武市が祇園で喰うような京都の贅沢な食い物を素直に旨いと思える感覚があったなら
その運命は随分違う物になったに違いない。重要なのは案外そんな事だ。
敷居の高い、お高くとまった物が苦手だった。本人は「嫌いだ」と言っているが本当は違う。

勤王と言う、幻の旗印に対する片思い。理想の相手は、けして以蔵に握り飯を握っては、くれなかった。

三つある、握り飯を二つ喰い終わり。
頬に付いた飯粒を取っていると、のりの効いた裃を着た標的の山村が堤の上を歩いて来た。
予定通りだ、包みを投げ捨てると刀の鯉口を切り、素早く堤の上まで駆け上がる。

「何奴」

「天誅!」

半歩遅かった、山村は以蔵の突きを避わすと、以蔵の返しの一撃を抜いた刀で受け止める。
鍔迫り合いになってしまったが、こうなったら膂力に勝る以蔵に分がある。
とは言え、山村も一刀流のそれなりの使い手であった。お互いの太刀を刃こぼれさせながら。
必死の押し合いが続く。業をにやした以蔵が、山村が一瞬力を抜いた瞬間、足払いをかけた。
倒れた山村に全身の力を込めた一撃を振り下ろす。だが山村は素早くその一撃を倒れながらも受け止めた。
その瞬間。

刃こぼれした、以蔵の太刀が折れて宙を舞った。

「くそったれ!」

山村の太刀を蹴り飛ばすと、折れた刀を山村の腹に突き立てる。
血を吐きながら、それでも這って逃げようとする山村は賀茂川に向って堤を転がり落ちた

人間は、そう簡単には死なない。

顔に、ついた返り血を拭いながら、以蔵は這いつくばる山村を捕まえると、水辺まで引きずっていった。
首根っこを掴み自ら泥まみれになってその首を水につける。
必死に山村は、もがいたが致命的な傷を腹に受けている、動かなくなるまで、それ程時間は、かからなかった。

山村の躯を賀茂川に流し、顔を洗い岸に上がると。さっき投げた握り飯が転がっていた。
砂だらけになった、それを拾うと以蔵は、迷い無く喰った。


君が為 尽くす心は水の泡
消えにし 後は 澄み渡る空

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6月24日(金)12:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | お題でワンシーン | 管理

坪内昭三1947 其の16

翌日、徹夜作業で橋本の乗るジープが組みあがった。

「本当は、しばらく、回してもらって
もう一回バラシてってやりたいんだがな・・・」

「まぁ贅沢は言えネェさ、言う気も無い」

そう言うと、橋本はセルを回した、一発で始動
アイドリングの調整作業をする。
アイドリングが安定した所で修理工場を出る、工場の周囲は、一面の大根畑だった。
ニュートラルの状態でアクセルを軽く踏み込む。一気にタコメーターが上弦まで跳ね上がった。

「それなりに高回転仕様になったな、俺好みのジャジャ馬だ」

「何だってー!」

「 俺 好 み の ジ ャ ジ ャ 馬 だ ! 」

マフラーから余計な物を排除したので騒音が半端では無かった。
結局、ボアアップしたとは言うものの、僅か5ミリ程度の拡張だ、それもショートストロークに変更
した事により総排気量としては以前とは大差は無い。しかし平田の経験とカンで組み上げられた
エンジンは快調に駆動していた。

「後は!キャブレターのメインジェットの微調整だ!」

「何だってー!」

「とにかく走ってこい!」

今回の改造は、実はエンジンだけでは無い、橋本の足元を見るとブレーキペダルが
純正の物の隣に自作の物が並んで合わせて二枚ついていた、左が前輪、右が後輪に分けてある。
これは、橋本が頼んだオリジナル使用だった。

大根畑の間の農道を快調に走る。高回転化した事によりトルクの不足が出ないかと心配したが
シリンダーヘッドを、薄く削り圧縮比を若干上げた事により以前よりその点も僅かだが向上していた。
もう少しメインジェトの番数を上げる必要がありそうだが低回転では、それほど問題無し。

まっすぐな、見とうしの効く広い農道に出る。デコボコも余り無い良い感じだ。
一気にアクセルを踏み込むと、以前のオンボロ状態とは比較出来ないレスポンスで
速度が上がった、一旦停止し、前輪駆動を解除した後、再スタート、ミッションを三速に上げ
アクセルをベタ踏みする、中々メーターを振り切る所までは行かない。
舗装された道路なら状況はもう少し違ったろうが、昨日の話し合いで
決まったコースは曲がりくねった林道だ、特に問題は無いだろう、しばらく走った後メインジェットの
番数アップで問題無しと判断した橋本は、砂地のポイントを基点に右ブレーキペダルで後輪をロックさせると
ドリフトしてユーターンを決めた。こちらの方も旨い具合だ、十分戦える。

工場に戻ると、坪内が手を叩いて出迎えた。

「どうじゃ!橋本さん、平田さんの腕は!大したもんじゃろう!」

「あぁ、たいしたもんだ、このオンボロ車、サラブレッドに改造しちまうんだからな」

「まだ、終わってねーよ、どうだい橋本さん」

「ほとんど問題無い、ただやっぱり高回転に、なったとき、もたつくな、
最高速は重要じゃねぇが、もう少し番数を上げてみよう」

「了解、一時間待ってくれ、あぁそれとな、もう一人、ジャジャ馬が来てるぜ」

平田がそう言うと、坪内と一緒に意味ありげに笑った。



6月21日(火)01:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

暑い Ⅴ

「ガイブドア、ペット産業に参入を表明」

ガイブドア代表取締役、森江隆文社長は、昨日の所信表明にて、ペット産業への
積極的な参入の方針を明らかにした。
「ペット産業は現在、国内でも、少子化に伴い市場規模は拡大の傾向にあり
中国においても上海などに住む富裕層を中心に成長している。趣味の範疇に
ありながら、その購買層は非常に幅広く、ネットビジネスの商材としては、極めて魅力的な
物であると言える」森江社長は、そう述べた。ガイブドア社としては今後
独自ブランドの設立、同産業の大手各社との提携を進めていく。

(毎朝新聞) - 6月16日19時19分更新


昨日は飲みすぎた。

イタワンって、会社ご存知だろうか?ペットフードの製造販売の大手だ。
まぁ、僕が、いつもやってる、買収からすりゃ、金額的には屁みたいな会社だったが同族企業で
ボンクラのバカ息子を、取り込んでのワリとドロドロした仕手戦になってしまった。
まぁそれも昨日の株主総会で決着した。まぁドロドロはさておき
ペット産業も、うちとしちゃ抑えとかなきゃいけない。

子供が無くて金を余らせてる若夫婦とか、独り者のキャリアウーマン、核家族化で子供と離れて
暮らす老夫婦。君の周りにだって、そんな人が犬に向って、信じられないくらいアホな顔を
してシガミついてるのを観た事があるはずだ。昔のように犬を庭に縛り付けて、犬小屋で番犬として
飼ってる風景なんざ。ヘタすりゃ虐待だなんて言われかねない。

まぁもっとも、子をなし、家族を作るってのが、リアルで無くなり。遊戯に過ぎなくなった
結果トコトン子育てからリアルを削った社会が、この市場の拡大の結果につながってるって思えば。
全く寂しい話だがね。いいーお客さんだよ。

まぁそんなこんなで、忙しい僕だが、昨日は、そのボンクラ息子を交えての
祝勝会だったわけ。銀座で飲んで、三軒目の店で眠ってしまった。

我ながら油断した、気づいた時には、何と海の上だ。フラフラする頭を押えながら周りを見渡す。
なんだよコレ?小さい船だな26フィートくらいか?大体なんでこんな所にいるんだ僕は?
操縦席を見ると、ボンクラ息子が、舵を握って途方にくれた顔をしていた。

「どう言う事ですか?これは?」

「あぁ森江さん、申し訳ありません昨日の晩、出航して朝には、戻るはずだったんですが・・・
申し訳ない、エンジントラブルが起こりまして」

「僕、そんな事頼みましたっけ??」

イライラしながら尋ねると。ボンクラ息子が言うには寝込む直前、釣りの話になったらしい。
道楽息子のコイツ、船を持っていてあんまり面白そうに話すので「行きましょう!今すぐ!」と
僕が言ったそうだ。日ごろ心がけている「有言即実行」が仇になった。気分良く酔っ払っていた僕は
しきりに連呼していたそうだ今日はオフだったしね。それにしたってコイツ何考えてんだ?
様子を観てからどうするか考えていたけど、次の総会で解任だ、決定だよ。

まぁしかし、ここでワーワー騒いだ所でしょうがないので、釣りをしながら、おとなしく助けを待つ事にした。
会社じゃぁ大騒ぎだろう、すぐに来るさ。



6月20日(月)12:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | お題でワンシーン | 管理


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