丹下幸平@窃盗犯108号
 
みなーみBlog
 


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坪内昭三1947 其の26

 橋本がジープの吐き出す油とともに湖の水面に浮き上がり、慌ててソルミの後に飛び込んだ仲間達がひぃひぃ言いながら彼を陸に引きずり上げた。飛び込んだ中には彼を追ってきたウェインもいる。
 そうして意識を失った橋本の蘇生作業が行われている最中に、坪内がやっと駆けつけた。

「勝ったのはどっちなんだ」

 その瞬間、橋本はゲボリと水を吐き出した、呼吸が再開した。

「俺さ」

 言葉よりも早く、橋本を囲む全ての人間が大声を上げて動き出した。雨はすっかり上がっていた。泥まみれの坪内が橋本とソルミを置いて仲間達にかねてよりの段取りどおり動くよう指示を始めた。とりあえずの言葉だけをかけ坪内が、その場を離れようとした。信じられないと言う顔で橋本を抱えたソルミがヒステリックな声で叫んだ。

「ちょっと待ってよ!!あんたこの人をほおっておくの!!」
「時はまっちゃぁくれん!!橋本っさんは、お前とお菊に任せる、俺達はやらなきゃならないんだ!!」

 その顔に憂いの念も何も無かった。ウェインもそんな坪内の動きを見て何も無かったかのように彼と共に歩き出した。歩きながら今後の動きを打ち合わせながら怒りの表情のソルミを置いて全ての人間が次の行動を始めていた。

「すねてる場合じゃないよソルミ、あたし達はあたし達でこの人を何とかしてやるんだ」
「それにしたって」
「あの人が人でなしじゃないって事を証明するのが あたしらの今の仕事なのさ、ホラさっさと足もって」

 混濁した意識の中、橋本はそんな仲間達を見ていた。

 彼らは、これから始まる。

 俺がここでやるべき事は終った。

 幸いしかし生きている。

 まだ生きろという事なんだろう。

 大八車に乗せられて、彼はそれを一生懸命押す細腕の少女の表情を見た。

 愛おしい、素直にそう思った。

 痛みがまた強くなった。







 それから橋本は一週間動けなかった、ソルミは嫌がりもせず献身的に橋本の世話をした。そうしてあれから三日がたち、ようやく坪内が見舞いに来た。

「橋本っさんどうだい調子は」
「しらじらしい・・・」。ソルミは膨れた。

「まぁ何とかな、便所に立てるぐらいにゃなったぜ」
「まだ・・・・針はもてんじゃろなぁやっぱり」

 一応すまなそうな顔を作ってずうずうしく、坪内はまた仕事を持ってきた。橋本は失笑した。この男にはかなわない。

「いやぁその訳は、説明したんだがな、先方がそれでもやってくれって言うもんじゃから・・・」
「お前ねぇ、俺は見ての通り丹下作善だぞ、この右手を見ろ!馬鹿!!」

 包帯を硬く巻きつけたボロボロの右手を彼は笑いながらその目の前に突き出した。

 手だけじゃぁ無い目も片方は完全に潰されていた。

「うーむじゃぁこれからは左手じゃな、左手で針を持つんじゃ、それで頼む」

 真顔で、坪内がそういって、ソルミは思わず茶をこぼした。

 しかしあれ以来、橋本がそれに関して愚痴をこぼした事は一度も無かった。

 どうなろうが生きるだけだと言う橋本にとって、もはやそれらは暗くなる要因になる事があろうはずも無かった。恐ろしかった平和と言う奴を何とか受け入れられそうな気がしていた。彼の傍にはソルミがいるのだから。



1月26日(金)14:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の25

 橋本はショートカットに成功した。

 川原の土手沿いを爆走するウェイン少佐のすぐ後ろに着くがここは抜きようが無い細い一本道だった。それでも橋本は諦めない100メートル先にカーブが見えて来た、目の前は50度はある土手だ。

 ウェインが減速を選択した瞬間、橋本は最後の意識を振り絞ってアクセルを、いっきにべた踏みした。

 ウェインのジープの後部と橋本のジープのフロントの右面が一瞬こすれて前者がバランスを失い、雨の中スピンしていった。

 橋本はウェインの頭上にいた。

 土手に奇跡的に張り付きながら彼を追い抜いていく。

 一秒が一時間に思える瞬間。

 ウェインは、鮮烈に彼が探していた物を見つけた。




 仲間達が用意したゴールを橋本は通り過ぎて行った。もう半分意識が無かった、彼はすでに疾走する車の中で別世界にいた。異常を察した仲間達が慌てる声が聞こえたような気がした。

 車体はゴールの向こうの湖に宙を舞いながら飛び込んでいった。

 沈みながら橋本は水面を見ていた。

 どんどん離れて行く。

 なにもかも許せた。

 戦争に負けた事も。

 愛する物も。

 憎い物も。

 この運命も。

 死が友人になった。

 なにも感じない。




 橋本が全てを許したそのとき、ソルミの顔が見えた。助けに来たのだ。


 迷わず。

 その瞬間、失ったはずの体中の痛みが帰って来た。


 それは橋本にとって喜ばしい痛みだった。


 生きるのもいい。



1月26日(金)00:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の24

二台のジープの距離は一向に縮まらなかった。
必死に坪内もナビをするのだが、賭けに出た後の少佐は走りが別物になっていた。

カーブへの飛び込み方が明らかに大胆になっている。

伍長を降ろした事で吹っ切れたのが明らかに解る走りだ。

ギリギリの走りが続きいよいよ麓の大根畑が見えるようになってきた。
少佐のジープが遠くに見えた、その時、前方に予想外の倒木

「うはっ!!」

「くそっ!!」

回避の為の急操作でジープは無残にスピンしていく。

「うぉーーーー!」

ガクンと車体前方が路肩に落ちた所で、無残な状態でジープはストップした。

「橋本っさんすまねぇ・・・くそーーー」

橋本がハンドルに突っ伏した状態でうなっていた。よく見ると全身血まみれだ。
それを見て坪内は我に帰った、そうだ、そんな状態だったんだ。
右手に縛り付けた鉄板が無残に食い込み血が雫となって包帯の下からポトポトと
音を立てて落ちている。

「橋本っさん、もう諦めよう・・・よくやってくれた・・・すまん」

「なんだとう??」

荒い息使いで、橋本は坪内を睨んだ、もの凄い目だ。
ここで橋本の感情に負ける訳には行かない、どう言葉を続けていいか解らない
坪内は、とにかく馬鹿陽気に言葉を続けた。

「いやっもう無理じゃ!こうなっちまったらなぁガハハハ!車も、もうどうにもならんし・・・」

確かにその通りだった、車体の底が崖に引っかかったような状態でもうどうにも成らない
仮に何とか林道に戻れたとしても倒木が道を塞いでしまっている。
目の前は、麓に流れていく川である。落差15メータと言った所だ。
商売以外の何かで燃える、橋本の眼線をごまかしながら、オドケテ坪内は自分をしばりつけた
ロープを解きながら言葉を続けた。

「命あっての、物種よ、今回の大勝負にゃ負ける事になっちまってもなぁ人生は長い
これで終わりじゃぁ無いんじゃ、時には諦めも肝心よはっはっ」

「そうだ、確かに嫌になるぐらい、人生は長い・・・」

「そーじゃ!そーじゃ!全力出してやったんじゃ、誰も恨まん、それにあんたとワシなら
きっとまた、でかい勝負は出来るさ、あんたがいてくれりゃ百人力さ


これは、この商売人の、もう最後のとっておきの「告白」に近い言葉だった。
橋本が、この一件が終われば、ここから去る気でいるのは、坪内も薄々感じては、いた。
しかし、この言葉にそれなりに威力はあると彼は確信を持っていた。
橋本は、坪内のナビゲーション用の帳面を見ながら、それを聞いて、ぽつりとつぶやいた。

「・・・そうかもな」

坪内は、この言葉を心底喜んだ、商売云々じゃない何かが熱く湧き上がってきた。

「とにかく、降りようぜ橋本っさんこのままじゃ、川に転がり落ちちまう・・・なぁ!」

そう言って坪内が、そっと車を降りて運転席側のドアに近寄ると。
橋本が坪内の眼を観て言った。

「悪いな、ここから先は俺の領分だ、楽しませてもらう」

「えっ」

橋本は帳面を降りた坪内に投げつけ、ギアを四輪駆動に切り替えた。



11月22日(火)00:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の23

不意を突かれたが、少佐との距離の差は40メートル
性能的には、やはり少佐のジープの方が一枚上手であったが
雨降りの重馬場である、辛うじて橋本は少佐のジープの後部が見える位置に張り付いていた。

「坪内!この先にカナリ急なカーブがあったな、それも結構、道幅が広いやつ!」

坪内が慌てて帳面を確認する

「ある!そこだけ4メータ近く幅があって角度は160度右カーブ!あのカーブ
から出て300メータ先だ」

「4メータ右!了解!入り口の50メータ手前に来たら知らせろ!いいな!」

「了解!」

緩めのカーブを抜け一気にアクセルペダルを踏み込み狭い林道を、ぞっとするような速度で
加速する、少佐が少しスピードを緩めた、残念ながら、伍長は坪内程、用意周到では無かったようだ
息を呑み全身の毛を逆立て坪内はタイミングを必死ではかりその瞬間、必死に叫んだ。

体で感じる速度とカンで巧みにブレーキを操り片目で感じられる距離感ギリギリの所
へクリッピングポイントを決めると林道ギリギリのラインを通って橋本は少佐のジープを追い抜いた。

橋本で無ければ、まず間違いなく脱輪転覆している所だ。

少佐も追ってくる、橋本も必死に逃げる、まさに命がけだ、だがパワーに勝る少佐のジープ
は直線で何度も抜き返して来た、その表情は、すでに戦後、日本の守銭奴と関って
ふやけていた彼の物ではなく、間違いなく、かつてのそれだった。

転覆寸前の攻防が6回続き、短い距離で急カーブが続いて橋本が、かなりの差をつけた。
坪内のナビが実に効果的にレースの展開に影響したのだ。
少佐の正面に橋本のジープは見えなくなった、正面には。

少佐は曲がりくねる林道の下の方に橋本のジープを確認するとジープの速度を下げ
林道脇に停車、車を降りるとその先の風景をじっと見据えた。

二段ほど曲がりくねった、先に橋本のジープが見える。
ここは、たまたま地形的にそれがよく見えるのだ、低い雑草は生い茂っているが樹木は無かった。

四段先まで見える

「少佐やめましょう、あんな約束は無効です、命がけの価値は無いですよ!」

冷や汗拭いながら伍長は、助手席から悲鳴を上げるように言ったが、少佐は無関心に一瞥すると
何も言わずに終戦後も彼の希望でジープのフロントに取り付けてあった
ワイヤーカッターの感触を確認した。


「ワイヤーカッター」戦時中ドイツ軍などが、ジープで走る米兵を狙って仕掛けた「ワイヤートラップ」に
対処するために装着された装備である、ジープを運転する米兵の首の辺りの高さに掛かるようにワイヤーを
はって置くという実に簡単な罠だったが、大戦初期これに首を切られる米兵が続出した為、鉄の棒の先を
「く」の字に曲げた物を取り付ける事で米軍はこれに対処していた。



11月17日(木)00:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理

坪内昭三1947 其の22

奥多摩湖の湖畔で、二人を待つ少佐の表情は何故か笑顔である。
もうすでに、約束の時間は過ぎている、この上官の酔狂に付き合わされた
伍長は何度も腕時計を見ては少佐に帰りをうながしたが、少佐本人は、のらりくらり
と道端の雑草の茎を齧りながらただ笑うのみだった。

半時間が過ぎ、快晴だった空に黒い雲がわいて来た

・・・一雨くるのか、やっかいな事だ。

このチッポケな国との戦争が終わってこのカウボーイは日本人と言う物を
実にじっくりと観た、他の同僚は心の何処かで豹変した侍達に唾を吐きかけながら
楽しんでいたが、しかし彼はそんな同僚にどこか違和感を感じていた。

そんな自分の心に気づいたのは、つい最近の事だ。

・・・俺は多分、何かを探しているのだ。

テキサスの元不良少年が日本人の商売人に深く関ってしまったのは、何故かと
自問自答したとき、ふっとそんな答えが出てきたのである。

・・・多分あれが・・・俺が戦った奴らが、幻で無かった事を確認したいんだ。

故郷とは全く異なる少し濁った色の空を見上げながら少佐は、そんな感傷的な自分に苦笑いした。

・・・どっちにしろ、全て今日で終わる。



雨が降り出した。
橋本と坪内のジープは、林道を駆け上がって行た。

「くーっ降り出したぜ橋本っさん!やっこさん痺れ切らして帰ってなきゃいいんじゃがなぁ!」

「帰りゃしねぇさ、ニヤニヤしながら待ってるだろうぜ」

「小次郎気取ってか?どんなもんかのー?」

軽口を叩きながら、揺れる車内で坪内は雨の中、ボロイ帳面に必死で地形を記録している。

橋本には、確信があった奴は待っている。
ハッキリとした根拠は無い、だがあいつは商売人を気取ってるが
俺と同じ種類の人間だ、こういう種類の酔狂を心底で馬鹿に出来る奴じゃない。



11月14日(月)22:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 坪内昭三1947 | 管理


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